Farmer's Talk Pop

(2018年12月末、はてなダイアリー「夢男のファーマーズ・トーク」を統合しました)

「母なる自然のおっぱい」〜「マザー・ネイチャーズ」

池澤夏樹の『母なる自然のおっぱい (新潮文庫)』を読み終えた。自然と人間とのかかわりを中心に彼の独特な世界が語られる。彼の小説は読んだことはないが、自然について書いたものはとても好きだ。池澤夏樹を初めて知ったのは、ある雑誌に書かれた文章を読んでからだ。それがこの『母なる自然のおっぱい』の内容なのである。


それまで成田市内に住んでいたが、東京への転勤が決まり、次の土地への期待半分、不安半分だった1990年の3月、就職して3年目のある日。いつも立ち寄る本屋にその雑誌があった。岩合光昭星野道夫をはじめとする自然や動物写真、沢木耕太郎池澤夏樹の書き下ろし、広瀬隆と有名科学者との対談記事など、興味深い記事がぎっしり詰まっている。言ってみれば、高級雑誌「自然」といった感じ。広い店内なのに、なぜだか一冊しか置かれていないその雑誌は「買わなきゃ、損損。買って買って」と夢男に呼びかけてた。当然、買った。その充実の内容で定価はわずか1000円。とてつもなくいいものを見つけてしまった、と思った。少しドキドキした。それが『小説新潮』の臨時増刊として発行された『マザー・ネイチャーズ』という雑誌だった。


農家の子供として育った生い立ちや職業柄、自然や生物にはもともと興味があった。大人になってから多くの人とかかわるようになって、人間そのものにも興味を持つようになった。当時、世間ではとかく、環境保護が声高に叫ばれていたが、違和感を感じてた。家は農業をしていたから、自然環境を全面的に守ってはいないし、だからといってないがしろにもしていないことを知っていたからだ。いってみれば、よくも悪くも自然と一蓮托生。でも、世間でいう環境保護は「自然に関係ない人が自然が大事だと言っている」ようにしか、夢男には聞こえなかった。農業もしかり。農業が大事だという人は「農業で食っている」のではなく、「ネタとしての農業で食っている人」に多いと感じたのもこの頃だ。農家にとって、農業はネタではなく、生活でそのものあることを思い出していた。そんな中、出会ったこの雑誌は、決して「自然賛美」なだけの雑誌ではなかった。人とのかかわりの中での自然をテーマにしている(と思う)。それがその当時の夢男の気持ちと一致したのだった。
母なる自然のおっぱい


季刊発行の『マザー・ネイチャーズ』は第7号まで刊行され、そして月刊誌『SINRA シンラ』となった。月刊化したと同時に『マザー・ネイチャーズ』がもともと持っていた魅力が薄れ、普通の「自然」雑誌になってしまったので買わなくなった。そしていつしか、店頭でも見なくなっていた*1。『マザー・ネイチャーズ』は今では古本屋かオークションでしか手に入らないが、掲載されていた記事は単行本や文庫化され、読むことはできる。でも、あの豪華だった写真や凝ったレイアウトは当時の雑誌にしかない。

就農して、自然とともに(壊したり、守ったりではあるが。寄生じゃなく共生でありたい)生きる毎日。そんな中、共感できるのは黄色い雑誌の記事。かつての『マザー・ネイチャーズ』に代わるのは『National Geogrphic ナショナル・ジオグラフィック』誌。本当にすばらしい雑誌である。でも、この世界的なすばらしい雑誌に匹敵するような日本オリジナルの雑誌もあったのだな、と今回読んだ『母なる自然のおっぱい』が思い出させてくれたのである。


*1:新潮社によると2000年休刊