Farmer's Talk Pop

(2018年12月末、はてなダイアリー「夢男のファーマーズ・トーク」を統合しました)

農業高校にて

 先日、地元の農業高校から、教職員と県や各市町村など行政機関の農業担当者との教育研究会があるので夢男に講師として農業の魅力について語ってくれ、という依頼があった。夢男は卒業生でもなく、経営規模も大きくなく、たいした実績もないので、はじめての思いがけないことに驚いたのだが、どうも、昨年の夏、高校のカリキュラム「インターンシップ(就業体験学習)」でその高校の生徒をわが家に受け入れたことが関係していたらしい。うちに来た生徒が先生にいろいろと報告していたようだ。

<暑い盛りの7月下旬、2人の生徒がわが家に来た。2人とも女の子だった。その時期、キュウリ農家であるわが家は忙しさは最盛期である。しかし、それも早朝の収穫作業と夜の選果作業のみ。彼女たちは学校の授業と同様9時から5時までの滞在なので、何でもいいから仕事をさせてくれといって頼まれても畑の草むしりと摘葉、そして昼寝ぐらいしかない。ましてや研修生など受け入れたことないので研修など何をしたらいいのかわからない。話を聞いてみると1人は父親が稲作の兼業農家だが、もうひとりは家庭菜園程度のサラリーマン家庭。学校の授業以外の農業体験をしたことがなく、農家の家庭はうちが初めてだったそうだ。とにかく、今回はうちの農業を知ってもらうことにした。つまり家族農業とその生活そのものを体験してもらうことである。>

 その研究会で何を話すのかをあらかじめ原稿を準備することにした。先生のほうからは「生徒たちがそちらへお邪魔した時のことなどを含めて話してほしい」ということだった。なるほど、経営のあり方とか今後の農業についてだとかの一般的な農業についての話じゃなく、あくまで子供のことを考えた上での農業の魅力を話してほしいのだと勝手に解釈し、ならば、といつもの「夢男モード」でいくことにした。
 しかし、いざ書き始めるとすごく難しいことに気がついた。その理由は2つある。「農業の魅力」というものが、いろんなものを含んだ曖昧なものであることから。また、農業と子供(農業高校生)の関わりを考えるということは自分の育った環境、さらにこれからの自分と自分の子供たちとの関わりまで考えたからである。書くと言えば、このメルマガも同じだが、少なくてもこちらは自分のそのときの書きたいことをまとめるだけであり、読む方から読みたい題材を希望されるわけではない。また、決められた時間もない。でも、メルマガは違った難しさもあるが。
 とにかく、何とか原稿を書き終えた。A4用紙で5枚ほどになった。

 その日は、約束の時間より30分ほど早く学校に着いた。そして校長室へと案内された。校長がいる校長室へ入るのは初めてだ。自己紹介のあと、農業高校の現状を聞いた。農業を取り巻く状況で、農業高校もいろんな厳しい面があること、いままでの枠にとらわれない農業教育を模索していることなど、いままで自分自身では考えもしなかった分野の話だった。そして最後に、校長は「農業はすばらしいものです」と言った。
 研究会が始まるとまず最初の講師が話した。夢男と同様、農業者だが、その農業高校の卒業生でいろんな全国的活動で中央の行政機関とも関わりが深いようだ。どんな農業の魅力を語ってくれるのかと期待したが、話した内容は法律のことを絡めながら厳しい農業の現状報告に終始した、少なくとも夢男には「魅力的に感じられない農業」の話だった。彼は同じ農業者だが、夢男の農業の対極にいる人ではと感じた。そのこともあって、自分の順番になったときには、負けてなるものか(何を負けるのだ?(笑))と準備した原稿の倍ぐらいの「農業の魅力」を話してしまった。終わる頃には疲れ切ってしまった。先生たちは常に子供の農業教育を通じて農業を考えていることもあり、夢男の言いたいことはおおむねわかってもらえたようだ。夢男の言葉にうんうんとうなずく先生も何人かいたことがすごく嬉しく思えた。

 現在、家族の職業がいわゆるサラリーマンという家庭がほとんどいう中で、家族だけで専門に農業をしているというのは非常に珍しくなってきている。また農業高校に通学していても家業が専業農家である生徒は少なくなっている。この農業高校でも家業が農家なのは生徒の3分の1だそうだ。卒業後就農する人は皆無。ただ、4年生の農業大学や県の農業大学校などの農業の道へ進学し、その後就農する生徒は増えてきているようだ。あとは農業以外への就職となっている。また、親たちもそれを望んでいるようだ。

 こうした環境の中で農業の魅力を知ることは非常に難しくなってきてきていると思う。就職先のひとつとして農業を見た場合、誰でも自分の望む職業の条件として、安定ということした収入や定期的休日、そしてやりがいを求める。かつての農業はでこれらの条件をかなえるのは非常に困難だった。でも、現在では有限会社や農事組合法人などの法人化や、最新の施設や設備、常時雇用などにより、経営や生産の合理化が図られ、企業に就職したような労働条件の改善が行われている。場合によっては、自らが法人の経営者になる人もいるが、当然みんながすべてそうなるわけではないので、就職先として考えたら一般的に他産業よりもおとる就業条件であることは間違いない。そうした条件面のみを取り上げた場合、農業に勝ち目はない。

 しかしそうした条件でも、都会での仕事や生活を捨てて新規就農する人が増えつつあるのはなぜか。田舎と比べて就業条件や給与面で恵まれているはずなのにあえてそれを捨て、非農家出身では困難な道であるはずの農業を選ぶ、または選ぼうとするのはのはなぜか。

 当然、現実に農業をしている、していないでは、農業の魅力の感じ方は異なる。実際、都会での仕事と実際の農業を体験した夢男は、その両方の魅力の間で揺れ動いている気がする。ただはっきり言えるのは、いまこの時代、農業をやる上での最低条件は農業で夢をみられるかということ。それには農家出身かは関係はなく、農業で楽しい思いができたかどうかということだとではないだろうか。農家出身であっても、農業が不幸な思い出だったら絶対に家業を継がないのは間違いない。

 世の中で農業を経験している人は少数派。でも、人が生きていくのに必要なのが農業。それを日頃勉強している農業高校の生徒たちには、ぜひ、幸せな楽しい農業体験をして欲しい。いろんな厳しさはどんな仕事をしていてもわかること。でも、楽しさには出会えるとは限らない。そういう思いがあれば、農業から離れた人でもいつかは必ず農業に戻ってくるはず。農業の魅力に気付くまで遠回りした夢男はそう思う。結局、それが農業者を増やす、最短距離でないか、そんな風に感じている。

 農業高校の若い先生が「就農や就職、進学するだけのためではなく、農業を勉強し、体験する中で子供たちに農業の魅力を伝えることこそ農業高校の役目だ」と言っていたのが印象的だった。本当にその通りだと思う。この言葉が聞けたのが大きな収穫だった。