Farmer's Talk Pop

(2018年12月末、はてなダイアリー「夢男のファーマーズ・トーク」を統合しました)

アーサー・ヘイリーのこと

 『大空港』『ホテル』の作家のアーサー・ヘイリー氏が亡くなった(「作家アーサー・ヘイリー死去アサヒ・コム,2004.11.26)。享年84歳。

 新潮社から出ている彼の作品はほとんど読んだ。前出の作品の他、『最後の診断』『自動車』『マネーチェンジャーズ』『権力者たち』『エネルギー』『ニュースキャスター』など。巨大組織や企業などを登場するさまざまな人間模様を折り交ぜた骨太な社会派小説である。堅いテーマを扱っているにもかかわらず、けっして飽きさせない。ハラハラドキドキ、最後まで一気に読ませた。

 夢男にとって、けっして忘れることのできない彼の作品がある。それは『ストロング・メディスン』である。そのタイトルからわかるとおり、薬に関係する話。ある製薬会社の一人の女性社員を中心に彼女の人生とその家族、そしてアメリカの製薬業界の裏側を描いた作品である。アーサー・ヘイリーの作品の特徴といえるべき「アメリカの良心」は、この作品にも健在である。

 この本を知ったのは、高校3年生の夏。その頃は、毎日放課後、友人たちと学校近くの市立図書館に受験勉強に通っていた。勉強の合間にのぞいた海外文学の棚にあったのがこの作品。白地に薬のカプセルが描かれたそのカバーイラストが印象的で借りることにしたのだった。家に帰って、勉強をそっちのけで一気に読んだ。

 夢男には片思いの娘はいたが、彼女はいなかった。将来のことをはっきり決められず、大学受験に対しても自信がなかった。そんな当時の夢男にとって、仕事もでき、何ごとにも前向きな女性、主人公のシーリアがとても魅力的に思えた。当然ながら、高校生には結婚というものを具体的に理解できない。でも、ここに描かれている彼女と医師であるその夫アンドルーとの関係、そして家族に対する考え方は、とてもすばらしいものに映ったのだった。

 社会に出て仕事をするようになって、現実社会の矛盾点を知れば知るほど、この作品が描く「良心」を思い出した。

 嫁さんと知り合って、山形と横浜の遠距離恋愛の何ヶ月目か、電話で好きな本の話になった。夢男は『ストロング・メディスン』のことを語った。そしたらなんと、嫁さんもこの本を友人から借りて読んだことがあるという。彼女もその主人公に好感を持ったという。(もしかしたら彼女と結婚するかも・・・) なんとなく、そう思った。

 結婚生活9年目の現在、夢男たち夫婦がどれだけ「シーリアとアンドルー」に近づけたかはわからない。でも、いくら喧嘩をしても、意見が食い違うことがあっても、それぞれの考え方の根底にはこの作品で得た共感があればこそ、お互いを理解できている気がする。

 アーサー・ヘイリー氏は、自宅で、家族と夕食を食べた後、就寝中だったという。きっと、家族と一緒の生活の中で幸せに一生を終えることができたのだろう。そう思って、安心した。

 余談だが、夢男は「会陰切開」という医学用語をこの作品で知った。作品中、シーリアは出産時にこの処置を拒否し、痛み止めの麻酔無しで自然分娩したのだ。無痛分娩が一般に行われている現在だが、夢男の嫁さんも主人公同様、自分の意思で自然分娩で子供を産んだ。夢男たち二人にとって、出産知識の源がこの作品にあったことは間違いない。

 すべてが夢男たちにとっての『ストロング・メディスン』なのである。

ストロング・メディスン〈上〉
ストロング・メディスン〈下〉