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her/世界でひとつの彼女(字幕版)

Amazonプライム(初見)、☆4


昨日「フトンシネマズ」で映画「her/世界でひとつの彼女(字幕版)」を観た。この映画はよく知らない映画だが、このジャケットがやたら目に入り、ヒゲオヤジのイタイ映画かと思って避けてたのだけど、今月号の雑誌『pen』の特集「SF映画絶対主義。」に取り上げられてて、まあ期待もせずに観てみることにしたのだ。ところがところが、これがとても素晴らしい映画で、SF映画としてよくできている以外に普通のヒューマンドラマとしても秀逸な、「フトンシネマズ」的最適、とても感動の映画だったのだ。

このジャケットのヒゲおじさんは、近未来のロサンゼルス、手紙代筆会社の社員で、どうやら今は妻子とは別居している。とても繊細な手紙を書くだけにちょっと内向的なところもある。ある時に自分のパソコンに新型のOSを導入したのだ。とても進化した人工知能で、今でいえばSiriやOK Googleみたいな、いや、もっと高度なアシスタント機能をもつOSなのだ。
そのヒゲおじさん=セオドア(ホアキン・フェニックス)は、OSが自分で名付けた「サマンサ」という女性のアシスタント機能と過ごすことになる。「サマンサ」はPCの前にいる時だけではなく、携帯用ポータブルユニット(スマホみたいなもの)と共通のOSで、セオドアが外に持ち出すこともできる。「サマンサ」はセオドアについてその性格や嗜好や感情などを的確に分析し、セオドアはその対応にとても満足する。次第に「自分のことをよくわかっているサマンサ」に惹かれ始めるのだ。「サマンサ」もセオドアを通してセオドア、あるいは人間そのものを知りたがり、"ふたり"は次第に深い仲になる…。
と言葉で説明してもこの映画の魅力を全く伝えられなくて、とても歯がゆい。

映画というものは、観客が主人公にいかに感情移入できるかが問題だと思うのだけれども、それには限界がある。僕たちが映画の中の様子を客観的に俯瞰的に見ているのは変わりようがないからだ。ところがこの映画はその垣根を取り去ってしまった。セオドア、「サマンサ」たちと一緒にその世界にいるように思えるほどにだ。僕を世界に引き込んでしまったのだ。それは「フトンシネマズ」という布団の中の視聴環境も大きく関係している。

一つ前の記事に経緯を書いた。「フトンシネマズ」は布団の中でスマホとヘッドホンで映画を見ることだ。セオドアもヘッドセットと携帯デバイスで「サマンサ」とコミュニケーションする。そこなのだ。僕もセオドアと同様にサマンサの声をダイレクトに聞いているのだ。セオドア同様、頭の中に「サマンサ」の声が響く。セオドアは携帯デバイスは手放さない。僕も含めた誰もがコミュニケーションを求めてスマホを手放さないのと一緒だ。気持ちはとてもよくわかる。大好きな人ならばなおさらだ。

もう一つ、引き込まれた理由がある。声だけでしか登場しない「サマンサ」の声は、スカーレット・ヨハンソンなのである。ちょっと前に映画「ロスト・イン・トランスレーション」を見た。中年の映画俳優役のビル・マーレイと若き写真家の夫をもつ妻を演じたスカーレット・ヨハンソンとの東京滞在での交流を描いた静かな映画だ。もう何度も観てる僕のとても好きな映画だ。この映画のスカーレット・ヨハンソンに僕は参ってしまっているのだ。

今をときめく女優のスカーレット・ヨハンソンを知ったのはロバート・レッドフォードの「モンタナの風に抱かれて」の足の不自由な少女役。その後「アベンジャーズ」での魅惑のレザースーツ姿のナターシャになるとは誰が想像したか。彼女はとても上手い役者だと思う。繊細さを上手く表現できる女優だと思う。ほんのちょっとだけハスキーな声もとても好きだ。僕は基本的に「声フェチ」なのだ。そこが弱点なのだ(笑)

そんなこともあって、「フトンシネマズ」の暗闇でスマホを握りしめてヘッドホンでサマンサの声を聞いてしまったら、僕がセオドアになりきるのは必然なことだったのだ。

セオドア同様、虜になってしまった…。

…実はこの映画そのものが「サマンサ」だったのかもしれない。